能楽
即翁の美意識を育てた生涯の友

道行けばそこかしこから(うたい)が聞こえ、「空から謡が降ってくる」とも語られた金沢。加賀(かが) 藩前田家の城下町として栄えたこの町に生まれ育った即翁は、生まれる前から、母のおなかの中で父の謡を聞いて育ったと述懐しています。宝生流の教授資格をもつほどの能好きであった父親の血を受け継ぎ、即翁もまた謡を習い、舞台に立ち、昭和三十年には 宝生(ほうしょう)流の免許を皆伝されるほど修練を重ねました。


即翁が蒐集した能面や能装束は、美術品であるとともに、自らが演能に着用し舞台を飾るものでもありました。前田家の伝来品を中核とすることからも、ふるさと金沢への愛慕がうかがえます。

能面 翁 伝福来

古式ゆかしき老人の面

能面(のうめん) (おきな)福来(ふくらい)
室町時代(15~16世紀)[前期展示]

翁の舞は五穀豊饒などを祈り、能の中でも古い要素を残す。翁の面は白色尉(はくしきじょう)とも呼ばれ、眉はぼうぼう眉、(あご)は切きり(あご)とする。本面は伝説的な面打ち師、福来作とも伝える。

宝生流ならではの装束

雲に雪持椿文様唐織

(くも)雪持椿文様唐織(ゆきもちつばきもんようからおり) 前田家伝来
江戸時代 文化11年(1814)[後期展示]

厳冬にも美しい花を咲かせる椿は、生命力の象徴。春に豊かな水をもたらす雪は、豊作の予兆。吉祥を重ねた文様は、宝生流では「道成寺」専用の装束に用いられる。

能を通した将軍家との交友

段替に唐花根笹文様厚板唐織

段替(だんがわり)唐花根笹文様厚板唐織(からはなねざさもんようあついたからおり) 前田家伝来
江戸時代 弘化4年(1847)[前期展示]

舞台上で強い印象を与える段替は、威力の高い鬼神に用いる装束。装束を包む畳紙には、将軍家慶(いえよし)前田斉泰(まえだなりやす)の、能を通じた交流のさまが記録されている。

茶の湯
数寄者即翁の茶の湯、名物道具との出会い

即翁は数寄者として茶の湯を実践し、名品茶道具の蒐集に熱意を傾けました。それは茶道具を中心として、1300件をこえる所蔵品として記念館に残されていることからもよくわかります。数多くの名品を有していましたが、その蒐集は個性的でありました。


将軍家や天下人と呼ばれる戦国武将たちが所持した井戸茶碗や唐物茶入、そして絵画や墨蹟(ぼくせき)などだれもが認める名品を集めていますが、その一方で、即翁自身の審美眼に従い、《離洛帖(りらくじょう)》にみられる大胆な筆致の書や割高台茶碗や志野水指などといった破格ともいえる造形のものも好んでいます。また、故郷金沢や益田鈍翁(ますだどんおう)原三溪(はらさんけい)などといった近代数寄者たちにゆかりのあるものも多くみられます。

重要文化財 井戸茶碗

天下の三井戸、戦国武将憧れの茶碗

重要文化財井戸茶碗(いどちゃわん)  銘 細川(ほそかわ)
朝鮮・李朝時代(16世紀)[通期展示]

細川三斎(ほそかわさんさい)松平不昧(まつだいらふまい)が所持し、天下の三井戸と称され、井戸茶碗を代表する一碗。枇杷(びわ)色の釉、胴のふくらみや高い高台などが相まって、優美で風格のある姿をみせる

豪壮な姿の青磁花入

青磁浮牡丹文瓢形花入

青磁浮牡丹文瓢形花入(せいじうきぼたんもんひさごがたはないれ)
中国・南宋~元時代(13~14世紀)[後期展示]

文様を貼り付けて立体感をみせる貼花の技法を用いた大振りな瓢形の青磁花入である。紀州徳川家伝来。

茶の湯に見出された桃山陶器・志野

重要文化財 志野水指

重要文化財志野水指(しのみずさし)  銘 古岸(こがん)
桃山時代(16~17世紀)[通期展示]

志野水指の代表作。水墨画を思わせる伸びやかに描かれた(あし)の絵が、良く溶けた長石釉の色調と口縁や裾のほのかな火色とが見事に調和している。

国宝 煙寺晩鐘図

信長、秀吉、家康と天下人が所持した名画

国宝煙寺晩鐘図(えんじばんしょうず)  伝 牧谿(もっけい)
中国・南宋時代(13世紀)[後期展示]

瀟湘(しょうしょう)八景の厚い煙霧の中に風景が浮かび上がる様子を描いたもので、牧谿の作と伝わる。足利義満(あしかがよしみつ)が愛蔵し、その後も天下人たちが愛した名品。

重要文化財 唐物肩衝茶入

秀吉、不昧が所持した名物茶入

重要文化財唐物肩衝茶入(からものかたつきちゃいれ)  銘 油屋(あぶらや)
中国・南宋時代(13~14世紀)[通期展示]

豊臣秀吉(とよとみひでよし)、松平不昧が所持した大名物(おおめいぶつ)の唐物茶入。不昧は参勤交代時にこの茶入を笈櫃(おいびつ)に納めて道中をともにするなど、多くの所蔵する茶道具のなかでも、特に天下の名物として愛蔵した。


唐物肩衝茶入 銘 油屋の笈櫃(おいびつ)仕覆(しふく)添状(そえじょう)など 付属品
[通期展示]

六つの仕覆と四枚の牙蓋(げぶた)挽家(ひきや)やそれを包む革袋、そして錠前ある外箱など、豪華な付属品が添っている。

唐物肩衝茶入 銘 油屋の笈櫃、仕覆、添状など 付属品

琳派
光悦・宗達から其一まで、各時代の優品が揃う

19世紀後半、ジャポニスムの興隆にともない海を渡った「琳派」は、特に1900年のパリ万博以降、西洋における評価を逆輸入しながら日本でもいっそうの注目を集めるようになり、ちょうどこの時期に原三溪は多くの琳派作品を蒐集しました。三溪没後、その一部は即翁の手に渡り、現在畠山記念館が所蔵する琳派作品群の一角をなしています。また三溪ばかりでなく、益田鈍翁や馬越恭平(まごしきょうへい)らも優れた琳派作品を所持していましたが、即翁の琳派作品蒐集には、こうした先達の数寄者に追随する意識もあったのかもしれません。

重要文化財 四季草花下絵古今集和歌巻

書と画の見事な調和

重要文化財四季草花下絵古今集和歌巻(しきそうかしたえこきんしゅうわかかん) 本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)書 俵屋宗達(たわらやそうたつ)下絵
江戸時代(17世紀)[後期展示]

俵屋宗達が金銀泥で四季の草花を描き、その上から本阿弥光悦が『古今和歌集』所載の和歌九首を散らし書きする。料紙(りょうし)装飾である下絵と書がともに主役となって引き立て合っている。

洗練を極めた一幅

重要文化財 躑躅図

重要文化財躑躅図(つつじず) 尾形光琳(おがたこうりん)
江戸時代(18世紀)[前期展示]

流水とその岸辺に咲く紅白の可憐な躑躅。限られたモチーフのみによって、自然の姿を情趣深くとらえた構成に優れる。筑前(ちくぜん)藩黒田家伝来品として名高い作品。

近代絵画と見紛うほどの新鮮さ

向日葵図

向日葵図(ひまわりず) 鈴木其一(すずききいつ)
江戸時代(19世紀)[前期展示]

江戸時代初期に日本に伝わったものの、絵画モチーフとしてはいまだ目新しかった向日葵を描く。真っ直ぐに伸びる茎、真正面を向く花の姿は実に凛々しく、爽やかな新鮮味を感じさせる。

重要美術品 四季花木図屏風

朗らかな色彩、柔らかな線描

重要美術品四季花木図屏風(しきかぼくずびょうぶ) 渡辺始興(わたなべしこう)
江戸時代(18世紀)[前期展示]

四季の花木が四十種以上描かれた華麗な作品。細かな特徴をよくとらえた表現には、博物学に造詣の深かった公家の近衞家熈(このえいえひろ)からの感化が大きかったと見られる

重要文化財 伊賀花入 銘 からたち

重要文化財伊賀花入(いがはないれ) 銘 からたち
桃山時代(17世紀)[通期展示]

格に入って格をでる。
一座建立への想い。

即翁が愛した茶道具の一つ、《伊賀花入 銘 からたち》は格式のあるものとして特に大事にされた。破格の造形ともいうべき姿ももちろんのことであるが、そのエピソードも格別であった。


もともと金沢の諸家に伝わってきた花入で、当地でも非常に著名なものであった。そのため、即翁の手元へと向かう際、名残を惜しんだ紋付袴(もんつきはかま)の数寄者たちに見送られたのである。それを電話で聞いた即翁は、同じく紋付袴の姿でその到着を出迎えたとされる。この花入の格を意識しての対応であり、即翁の道具に対しての想いが見て取れる逸話である。


さて、即翁が愛蔵した蒐集品には「即翁與衆愛玩」の愛蔵印がみられる。「與衆愛玩」とは、数寄者が蒐集品を独占するのではなく、多くの愛好家とともに楽しもうという意味を持つ。即翁はこの言葉を実践し、自身の蒐集品を公開し、まさに茶会に同席した者同士が心通い合す一座建立を体現できる施設として記念館を建設している。

愛蔵印「即翁與衆愛玩」

畠山即翁の茶事とそのかたち
−翠庵披露と古稀自祝の茶事−

即翁は実業家としてのかたわら、大正時代末頃から晩年の約40年間にわたって茶の湯を楽しみ、実践していった。その傾倒ぶりは、自ら記した自会記(『来客日記』)と他会記(『茶会日記』)に記された500回あまりの茶会の記録からみてとれる。なかでも懐石へのこだわりは強く、献立から器選び、味付けに至るまで自身で目を通すという徹底ぶりであった。


なかでも昭和26年1月に開かれた高松宮宣仁(たかまつのみやのぶひと)親王から賜った庵号「翠庵(すいあん)」の披露と古稀自祝の茶事は、愛蔵の茶碗《赤楽茶碗 銘 雪峯》や墨蹟、中興名物の茶入など数々の名品を取り合わせた格調高いものであった。展示では、この会のほか東西の大茶会である光悦会や大師会での茶会の様子も紹介をする。

即翁愛蔵の茶碗

重要文化財 赤楽茶碗 銘 雪峯

重要文化財赤楽茶碗(あからくちゃわん) 銘 雪峯(せっぽう) 本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)
江戸時代(17世紀)[通期展示]

本阿弥光悦作の茶碗で即翁が最も愛した茶碗とされる。新席披露と古稀自祝の茶事の際にも濃茶席で用いており、茶碗への格別の想いがうかがえる。

来客日記・茶会日記

茶室「翠庵」での茶事の再現写真

茶席をみまもる高僧のまなざし

重要文化財 宗峰妙超墨蹟弧桂号

重要文化財宗峰妙超墨蹟弧桂号(しゅうほうみょうちょうぼくせきこけいごう)
鎌倉時代(14世紀)[前期展示]

大徳寺開山の宗峰妙超(大燈(だいとう)国師)が弟子に「孤桂」の号を与えた大字のもの。茶席では墨蹟が最上位のものとして尊ばれ、即翁も多くの墨蹟を蒐集している。

即翁の数寄の記録

来客日記・茶会日記

来客日記(らいきゃくにっき)茶会日記(ちゃかいにっき)
大正~昭和時代(20世紀)[通期展示]

深く茶の湯に傾倒した即翁は、たびたび茶事を楽しんでいる。その様子は大正時代末頃から約40年にわたって書き残した茶会記にうかがうことができる。

美への信念
畠山記念館の名品

国宝 蝶牡丹蒔絵螺鈿手箱

国宝蝶牡丹蒔絵螺鈿手箱(ちょうぼたんまきえらでんてばこ)
鎌倉時代(13世紀)[前期展示]

牡丹と蝶の文様を隙間なく配した華やかな手箱。蒔絵・螺鈿・金貝の漆芸技術を駆使して、贅を尽くした調度品。

重要文化財青花龍濤文天球瓶(せいかりゅうとうもんてんきゅうへい)
中国・明時代(15世紀)[通期展示]

豊かにふくらみをみせる胴にすらりと首が伸びる瓶を天球瓶と呼んでいる。逆巻く波濤(はとう)の中を天に向かって白龍が飛んでいく様子も見事に表現されている。

国宝 離洛帖

国宝離洛帖(りらくじょう) 藤原佐理(ふじわらのすけまさ)
平安時代 正暦2年(991)[前期展示]

平安時代の優れた能書家で「三蹟(さんせき)」の一人に挙げられる藤原佐理筆の書状。旅中に赴任の際に挨拶をしなかったことを詫びたものであるが、変化に富んだみごとな筆致である。

重要文化財 清瀧権現像

重要文化財清瀧権現像(せいりゅうごんげんぞう)
鎌倉時代(13世紀)[前期展示]

清瀧権現は仏法とその信徒を護る護法神である。水神であることから、即翁が本業のポンプ製作との機縁を感じ、手に入れたとされる。

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左から:雲に雪持椿文様唐織[後期展示]/重要文化財 井戸茶碗 銘 細川/重要文化財 伊賀花入 銘 からたち/国宝 蝶牡丹蒔絵螺鈿手箱[前期展示]/重要文化財 青花龍濤文天球瓶/重要美術品 四季花木図屏風(左隻) 渡辺始興筆[前期展示]/国宝 林檎花図 伝 趙昌筆[前期展示]
※掲載作品はすべて畠山記念館蔵